中道左派になりたい

加藤高明伯「政党なるものは政権争奪の機関ではない。野にあっては、政府が過に陥ろうとするのを警告・匡救し、一旦大命を拝すれば、或いは自分に不便を感ずる事があっても、起って平素の主張を実現する。之が政党の使命であって、その国家に尽す道は、野にあると朝にあるとに依って異なる道理はない」

【絶対の国益】は存在するか

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こんにちは。今回は、【国益】について考えてみたいと思います。日韓外交の問題において、国益というワード、そして反日というワードを目にする機会が多いのが、この記事のきっかけです。私が呟いたツイートを交えて、書いて参りたいと思います。





さて、国益国益言いますけれど、その国益って、どういう面での国の利益なんでしょうか。確かに、いわゆる保守派が言うように、竹島奪還には国益があるかもしれない。しかしながら、そればかりが国益でしょうか。韓国と親交を結ぶことによる国益、それもあるのではないですか。それに、竹島奪還による国益とは、別の国益を害しうる可能性もあるのではないでしょうか。別の面での国益を害しうる竹島奪還とは、絶対の国益でしょうか。国益とは、なにも保守派の一手専売とは限らないのではないでしょうか。




そして、自身の国益と相容れない主張をする意見に対して、反日だ!売国奴だ!と言う人も珍しくない気がします。しかしながら、反日、ないしは売国奴であると、絶対に断言できるでしょうか。これは先ほどの話にも通じますが、竹島奪還という手法は、絶対の国益の手段でしょうか。仮に絶対と断言できないならば、反日売国奴というのは主観的な評価に過ぎないのではないでしょうか。竹島奪還とは、絶対の国益と言えるでしょうか?そもそも、国益に絶対などあるのでしょうか?







そもそも、国益とはなにか、そこから考える必要があるのではないでしょうか。領土領有による国益、経済的な国益、国際的な信用を保つことによる国益。一口に国益と申しましても、その具体的な分野は多岐に渡るのではないでしょうか。国益とはなんですか。反日とはなんですか。







これはなにも国益の話には限りません。絶対という概念、これを立証できますか。絶対的なプラス、絶対的なマイナス、これは人間が断言できるものでしょうか。国益の議論に限らず、一つの物事を絶対視して、他の物事の存在を絶対否定する。それが可能であると胸を張って言えるものでしょうか。絶対とか、正しさとか、そういうものに拘って、議論が成立するでしょうか?民主主義が守れるでしょうか?